Wednesday 9 January 2019

「ピノキオのパラドクス」雑訳

Eldridge-Smith, Peter & Eldridge-Smith, Veronique (2010). The pinocchio paradox. Analysis 70 (2), pp. 212-215.


ピノキオのパラドクス」の雑訳です。前提知識関連として、タルスキについては短いバージョン(「真理の意味論的観点と意味論の基礎」)が勁草書房『現代哲学基本論文集2』に、クリプキについては真理論関係でネット上に講義録やパワポやビーマーが。包括的に知りたい場合には海鳴社『現代真理論の系譜』なる本が。


 嘘つきのパラドクスは直感的に理解できるものだ。「嘘つき」について数年前子供たちに説明したとき、似たようなものを考えてごらんとたずねてみたところ、13歳の息子が次のような例を出した。「警察官が容疑者にお前は嘘をついているのかと問いただしたら、ただ「はい」と容疑者は答えた」。この例がどう作動し、帰結するかはすぐにわかるであろう(ローレンス・ジョナサン・コーエンが考案した「嘘つき」のよく知られたバージョンと同類のものである)。

 11歳の娘がしばらくしてピノキオのパラドクスなるものを考え出した。ピノキオがいう。「僕の鼻はこれから伸びていくでしょう」と。お話によれば、ピノキオの鼻が伸びるのはいつであれピノキオが嘘をついたときである。ここで未来形が用いられているのはピノキオの鼻が伸びるとされているのがピノキオが嘘をついた後という事実に関係している。哲学者であれば「後」とはどのくらい後のことなのかを知りたがるはずだ(嘘をついた後、いつピノキオの鼻が伸び出すべきかについていかなる制約をも与えなかったとしても「嘘つき」の興味深い別バージョンが生じる。ピノキオが「僕の鼻がこれから伸びる」といったとし、この発言も含めてピノキオの述べたことすべてが真実だと仮定しよう。すると、ピノキオの鼻がこれから伸びるのは、ピノキオの鼻が伸びないとき、そのときにかぎる)。

 娘が考えていたのは鼻の伸びという出来事、特にピノキオが発するこの言明を巡る鼻についての出来事だった。すでに十分に明快だと私は思うし、大半の読者にとっても同様であろう。だが現在時制を用いたものの方がいいというならば少し手直しを加えよう。

 ピノキオの鼻が伸びるのは、彼の述べていることが偽であるとき、そのときにかぎる。その上で、ピノキオが「僕の鼻が伸びている」という。とすれば、ピノキオの鼻が伸びているのは、ピノキオの鼻が伸びていないとき、そのときにかぎる。これは明らかに「嘘つき」の一バージョンだ。実際には「本当つき」の変種であることに疑う余地はない。にもかかわらず、先行するものと弁別される特性とは一体なにかといえば、嘘つき文における「は真である」の同義語を用いて生み出されたバージョンではないという点にある。鼻が伸びるということは顔に関する性質であって、意味論的なものではない。さらにいえば、彼が真ではないことを述べているまさにその最中にピノキオの鼻が伸びるとしても言明と鼻の伸びの間にある関係は意味論的なものではない。それは因果的なものになってるのやもしれないし、あるいはそれ以外の性質のものかもしれないが、意味論的な関係ではない。もしピノキオの鼻が伸びているとすれば、その理由は彼が何か偽なことをいっているからだ。そうでなければ伸びはしない。そしてここでの「その理由は」という表現は非意味論的な関係を表している。事実、述語「が伸びている」は述語「は真ではない」の同義語ではなく、語「が伸びている」は異なる意味をもつと装わずともピノキオのお話は理解できる。

 ピノキオのパラドクスは、ある意味では、対象言語から意味論的な諸述語をおそらくは排除する方向での「嘘つき」の解決に対する反例の一つである。というのも語「が伸びている」は意味論的な述語ではない。「嘘つき」に徴候的なパラドクスの原因を分析した結果、タルスキは発生の原因を意味論的な諸述語の対象言語における自由な使用にあると結論付けるに到った。その解決法として彼は意味論的な諸述語をメタ言語にかぎり用いるべしとした。直感的にいえば「が伸びている」のような述語は誰もが豊かな対象言語に含まれていて欲しいと考える類の述語の典型である。もし「嘘つき」の変種を避けるために「が伸びている」のような経験的な述語の使用が対象言語においては制限される必要があるのだとすれば、「嘘つき」種のパラドクスを避けるために対象言語において使用を制限されるべき述語の直感的な線引きがこれまで実は破られてきていたということになる。

 タルスキによる画期的なアプローチはこれまでも他のやり方で批判され、他の理論によって改良されもしてきた。メタ言語と対象言語の階層を厳密に区別することで「嘘つき」を解決する場合の実際上の主な問題点とは余分に多くの述語「は真である」の確定的な使用もメタ言語を用いなければならないことにある。「真である」を対象言語から厳密に締め出す施策はあまりにも狭窄である。なぜならばパラドクスを生みだす原因を除去するために特に問題のない多くの真理述語の用法を対象言語から切り捨ててしまう。クリプキの真理値ギャップアプローチの適用下においては「嘘つき」への対処に厳格ではないメタ言語の階層が用いられるので、パラドクスとは無縁の「真である」を対象言語において有意味なものとして使用できる(Kripke 1975)。真理述語を伴うパラドクス的な言明群であるすべての「嘘つき」のバージョンをクリプキは真理論において扱っている。真理述語の同義語を使用して生み出されるバージョンのパラドクスにも彼のアプローチは当てはまる。そうした一群を指し示す名前として「嘘つきのパラドクス」が用いられてる。

 クリプキの解決法は真理述語の解釈をパラドクスを発生させない真理述語の使用に限定するものだ。これらの使用は安全である。というのも対象言語に属する任意の文の真理値は意味論的な述語を用いていない原子文の真理値に支えられる(基底的だ)からだ。「嘘つき文は真ではない」といった嘘つき文は対象言語に属するが、その真理述語の外延または反外延の要素ではない。この真理述語は部分的に(partially)定義された意味論的な述語である (意味論的ではない述語は十全に定義されているという設定のもと標準的方法で解釈される)。クリプキによる解決はまだメタ言語と対象言語の階層性に依拠している。したがって対象言語に属する嘘つき文は真ではないとメタ言語において述べても差支えがない。またメタ言語に属する嘘つき文は真ではないとメタメタ言語において述べても差支えがない。クリプキのアプローチはタルスキによる解決では対象言語における真理述語の斉一的な扱いがあまりにも狭すぎるという批判に対処しつつ、タルスキによる「嘘つき」の分析を支持することができる。

 ピノキオのパラドクスは、厳格であれリベラルであれ、あらゆる種類のメタ言語的階層性を用いた「嘘つき」の解決に対して純粋に論理的な問題を提起する。ピノキオの筋書きは我らの世界では起こりそうにはないので、このパラドクスは実際上の問題ではない。にもかかわらず、ピノキオが真ではないことを言っているとき、そのときにかぎりピノキオの鼻が伸びる、そんなことが論理的に可能な世界はありうるかもしれないように思える。しかし、ピノキオが「僕の鼻が伸びているよ」と陳述することが論理的に可能な世界はありえない。タルスキの分析に基礎をおくメタ言語的な階層性に基づくアプローチではこれを説明することはできず、つまりは「嘘つき」の一バージョンであるピノキオのパラドクスを解決することは不可能である。

 ありえないことではあるが、このいかんともしがたい不整合な発言をピノキオがするような世界にクリプキ流の解決をなんとか適用すると仮定しよう。ピノキオが述べていること(僕の鼻が伸びているよ)は十全に定義された非意味論的な述語(「が伸びている」)を用いている。 ゆえに彼の言明には真理値が付与されねばならない。結果として、iffで結ばれた双条件文が真理値をもつこととなり、いかんともしがたい不整合、つまり矛盾もこの解釈下で真理値を付与されねばならなくなる。これが(このありえない設定のもとで)どう作動するかの例が次のものとなる。①ピノキオがなにか真ではないことをいうと彼の鼻がすぐさま伸び、かつ、②ピノキオが「僕の鼻が伸びているよ」と述べる、そんなことが論理的に可能な世界があるとする。一方で、もしピノキオの鼻が伸びているならば、彼が述べていることは外延「真である」の要素である。というのも、彼が述べていることは十全に定義されている非意味論的な述語のみを伴うからだ。とすると『「ピノキオの鼻が伸びている」は真である』もまた外延「真である」の要素であり、ゆえに双条件文『ピノキオの鼻が伸びているが真であるのは「ピノキオの鼻が伸びている」は真ではないとき、そのときにかぎる』は偽となるが、これは①を前提にした世界の事実と矛盾する。他方、もしピノキオの鼻が伸びていないならば、彼の述べていることは「真である」の反外延の要素である。だが、もしピノキオの言明が真ではないならば、この想定された世界の設定上、彼の鼻は伸びている。

 私見では「嘘つき」のこのバージョンは必ずしも真理述語に関する真理論にではなく、妥当性によって保存される類の真理を巡る理論に向けられたものだ。だが理想的に言うならば、どちらもおそらくは同じ理論であろう。

文献:Kripke, S. 1975. Outline of a theory of truth. Journal of Philosophy 72: 690–716.

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